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無法と人間の自由

無法と人間の自由

自然児としての動物的自由はあっても
神と未契約で「律法」のない世界では
人は真の自律/立からほど遠い状態なのです
「殺してはならない。」という掟がない状態では
野人カイン(※2)は殺人が「罪」とは自覚できません。
ですから
「お前の弟アベルは何処にいるのか」という神の問いに対して
カインは兄弟殺しの罪の重さも知らずに
「知りません。私は弟の番人でしょうか。」
と不遜な返事をして神から追放され放浪者となります
これが掟を知らない野性的自由人の運命です。

4:10 主は言われた
「何ということをしたのか。お前の弟の血が土の中からわたしに向かって叫んでいる。
4:11 今、お前は呪われる者となった
   お前が流した弟の血を、口を開けて飲み込んだ土よりもなお、呪われる
4:12 土を耕しても、土はもはやお前のために作物を産み出すことはない
   お前は地上をさまよい、さすらう者となる。」
4:13 カインは主に言った。「わたしの罪は重すぎて負いきれません。
4:14 今日、あなたがわたしをこの土地から追放なさり
   わたしが御顔から隠されて、地上をさまよい、さすらう者となってしまえば、
   わたしに出会う者はだれであれ、わたしを殺すでしょう。」
4:15 主はカインに言われた
   「いや、それゆえカインを殺す者は、だれであれ七倍の復讐を受けるであろう」
   主はカインに出会う者がだれも彼を撃つことのないように、カインにしるしを付けられた
しかし、このような殺人の罪にも関わらず、神はカインの保護を言います
「カインを殺す者は、誰でもあれ7倍の復讐を受けるであろう。」
そして、誰も彼を撃つことの無いように、しるしをつけられた、とあります
弟殺しカインのような無頼の男にも、神の愛は注がれているのです
このカインの息子がエノク、エノクの子が―――と続き
六代目のレメクは
「カインのための復讐が七倍なら、レメクのための復讐は七十七倍」4・24
と主張します
同害報復どころではありません
カインの末裔は、益々憎しみを増幅させ、報復をエスカレートさせます
律法を知らない人間は、人の自由を際限なく主張して
本能の命ずるまま暴発して、こうなります
人間は、自分の感情を制御できません
共同体は掟がなければ、アナーキーにならざるを得ない
権力者が人間を権力により支配して掟を守らせるか
或いは、人と神との契約により、自律/自立した自由な民として掟を守るか
何れかでないと、共同体の秩序は維持できないということです
人間の自由は、掟により制限せざるを得ないのです
楽園を失った人間の運命です

※2、カイン
カインは「激しく怒って」と感情的であり
また直接行動に走り「二人が野原に着いたとき、カインは弟アベルを襲って殺した」、と
しかし、神から、追放を宣告されと、すぐさま恐怖にかられ、子供のように泣き言を言います単純で粗野な、未教化の自然人の状態としています
後出の(創世27章以下) 、狡猾なヤコブと対照的な、エソウと似ている直情的人間像です



創世記3(4章カインとアベル物語)

3、創世記3(4章カインアベル物語)―――――――神の自由(支配)と、人間の自由

罪は戸口で待ち伏せており、お前を求める。お前はそれを支配せねばならない。(創世4・7)
――――――――――――――――――――――――――――――

エデンの東に追放された、アダムとエバは子を儲けます。やがて、兄のカインは農耕者、弟のアベルは牧羊者となります(4・1~2)。

4:3 時を経て、カインは土の実りを主のもとに献げ物として持って来た。
4:4 アベルは羊の群れの中から肥えた初子を持って来た。主はアベルとその献げ物に目を留められたが、
4:5 カインとその献げ物には目を留められなかった。カインは激しく怒って顔を伏せた。

神は、農耕民の兄カインの捧げる収穫物より、牧畜者である弟アベルの持ってきた肥えた羊の初子を好まれた。神の依怙贔屓(神の自由、後述)を「激しく怒った」カインに対して、神は
4・6「どうして怒るのか。どうして顔を伏せるのか。もしお前が正しいなら、顔を上げられるはずではないか。」
と直視出来ないカインに疚しい何かがあるのを指摘されます。しかも
4:7 もしお前が正しいのなら、顔を上げられるはずではないか。正しくないなら、罪は戸口で待ち伏せており、お前を求める。お前はそれを支配せねばならない。」
とカインの妬みによる怒りを自制すよう求められた。しかし、カインは怒りの激情を支配できずに、本能のおもむくまま弟殺しの罪を犯します。
知恵の実を食べたので、善悪の判断は出来る筈なのに、神の前での儀式にもかかわらず、兄カインは自分の怒りを制御できないで、本能のおもむくまま、また愛すべき弟に対してすら、殺人を犯してしまいます。
4:8 カインが弟アベルに言葉をかけ、二人が野原に着いたとき、カインは弟アベルを襲って殺した。
4:9 主はカインに言われた。「お前の弟アベルは、どこにいるのか。」
カインは答えた。「知りません。わたしは弟の番人でしょうか。」
この「カインとアベル物語」は、楽園を追放され神から離れた人間たちが早くも、兄弟殺しの罪を犯す恐ろしい物語です。兄カインが、弟アベルを嫉妬のため殺してしまいます。いくら憎いからと言って、同じ兄弟を殺すとは異常なことです。しかも、神に捧げ物を奉納するという神聖な典礼が原因というのですから、どういうことでしょう。信仰行為の中でさえ、妬み・憎悪のために兄弟殺しが起こるという人間性不信の物語のように思えます。
世界の創造の際、あれほど神から祝福された人間像は何処に行ってしまったのでしょうか。
しかも、敵・味方の間での殺人ではなく、兄弟の間での殺人です。同じ味方同士、同胞の間でも、妬み(※1)のために、人殺しが起こるという人間の暗闇の深さを訴えたいのでしょうか。人間とは、これほど冷酷で、罪深い者だということなのでしょうか。楽園追放の暗い物語に続いて、こんな悲惨な事件を何故再び入れたのでしょうか。
※1.嫉妬について
共同体が直面する試練として、外部から侵入する悪は前章の「誘惑」ですが、内部的な危機は「嫉妬」であり、何れも共同体の分裂を引き起こす、致命的な「悪」です。兄弟の間、親子や夫婦の間で、また当然ながら聖職者の間でも、妬みは起こる。「私より、彼が神に愛されている」と。神と語るモーセを妬んだ、祭司アロンとミリアム(民数記12章)。ヨセフの寵愛を妬んで兄弟達(殺そうとしたり、隊商に売る、創世37章)。ダビテの人気を妬んだ、サウル王(サムエル上18章)などに記されています。
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知恵の実を食べたことは?―王の堕罪物語

知恵の実を食べたことは?―王の堕罪物語

しかし、その知恵とは、善悪を識別する知識を望んだ、ソロモンの知恵(※4)を意味している。知恵を手に入れたソロモン王が神のようになり、その強大な王権の下に、民の苦しみが生じた、と言う王制批判(※5)の物語ではないか。という指摘です。人類の原罪物語ではなく、王の堕罪物語だという説です。

なお、ご承知のように、私たちはこの失楽園物語を、この世界に「罪悪」が存在するのは、人祖アダムが罪を犯したからだ。神から与えられた自由(掟を守るか、犯すかは人間の自由※6 )と信頼を裏切ったので、人類に死と共に罪が入った「原罪」物語りとしています。

これは、パウロの教えが元とされています(※7、ロマ5・12~21)。パウロの福音は、キリストの十字架の死によって、原罪が償われて、人は神の国には入ることが赦され、そこにある命の木を食べることにより、永遠の命に至ることが出来ると説きました。

以上のように、教会の伝統的読み方にとらわれず、現代的視点で読み直すと、いろいろな「聖書の呼ぶ声を聞く」ことが出来ます。この創世記第1章~3章は、その意味で、膨大の旧約聖書の冒頭にふさわしく、非常に挑戦的で含蓄のあるところです。

「ああ、アダムとイブの原罪物語か。失楽園か」などと軽く済ますことなく、原文を良く読んで考えてみるによい場所です。先入観を解き放つと、本当に聖書の多様性が読み取れる面白い所です。

※ 4.ソロモンの知恵
善悪を判断できる知識は、旧約聖書では、「ソロモンの知恵」として有名です。ソロモンは即位の時(王下3・9)、3:9 どうか、あなたの民を正しく裁き、善と悪を判断することができるように、この僕に聞き分ける心をお与えください。そうでなければ、この数多いあなたの民を裁くことが、誰にできましょう。と願い、神の祝福を得ました。 
この創世記2章と3章の大部分(2・4b~3・24)のJ資料(ヤーウィスト文書、BC930、ソロモン王朝の頃の原資料)には、そのソロモン王の知恵、即ちエジプト外来文化の導入批判、神の座と同等な王権の強大さに対する、ソロモン王批判が隠されていると指摘されています(木田献一著「平和の黙示」139、140頁、新地書房)。
アダムの楽園追放の物語は、もともと王権批判―王が神のようになることこそ王の堕罪であり、それは一般の民衆である女と男の生きる苦しみの源となる―の物語ということです。この王権の抑圧性は、サムエル上、8・11~17にも詳しく指摘されています(旧約略解35章サムエル記上参照)。
こうして、あなたたちは王の奴隷となる。8:18 その日あなたたちは、自分が選んだ王のゆえに、泣き叫ぶ。しかし、主はその日、あなたたちに答えてはくださらない。

※5、王制批判と南北問題―伝承資料(J.E.P.D資料)をとおして
旧約聖書の中に、大きく分けて二つの立場があります。北と南の相違です。北イスラエルは、ヨセフ系のエフライム族などを核心とする北部族の勢力で、南はユダ族(ダビテ、ソロモンを出す)を担ぐ勢力です。この二つの勢力の葛藤と和解が、各伝承資料の中に見え隠れしています。北の部族は、誓約共同体としての部族連合の伝統から、特にダビテ家ソロモン王には批判的でした(列王記上11・31と12・16など)。
また、南の神学と北の神学の相違も逐次明らかにしてゆきますが、この南北の相違から、旧約聖書を読むと、聖書の多様性・重層性の謎が解けてゆきます。この王制批判という、重要な視点を、聖書の冒頭に据えたのは、旧約聖書編集者の重大な示唆が隠されているかもしれません。

※6.人間の自由
神は、知恵の木の回りに、侵入出来ないような囲いを作っておかなかった。あくまで、人間の自由意思に信頼した。自律/自立による行動を期待されているということでしょう。

※ 7、ロマ書・12~21―アダムにより、人類に罪が入ったが、キリストの贖いにより正されるという、パウロの贖罪論。
5:12 このようなわけで、一人の人(アダム)によって罪が世に入り、罪によって死が入り込んだように、死はすべての人に及んだのです。すべての人が罪を犯したからです。
5:19 一人の人(アダム)の不従順によって多くの人が罪人とされたように、一人(キリスト)の従順によって多くの人が正しい者とされるのです。
5・21こうして、罪が死によって支配していたように、恵みも義によって支配しつつ、私たちの主イエス・キリストを通して永遠の命に導くのです。

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楽園追放の意味――人間の死と生殖(性)の原因

楽園追放の意味――人間の死と生殖(性)の原因

楽園追放の直接原因は、人が神の掟に背いたからですが、上記の3・22のように、人間は「神のように善悪を知る」ことが出来たばかりか、次は、命の実さえ手に入れて、「永遠に生きる者となるおそれがある。」  人間が神と同じになり、神の座を奪うことになる、からです。

命の実を失ったので、人は死ぬことになった。だから、生殖(性)により子孫を造ることが必要になったいうのです。もともと、第一章のように、人間は素晴らしい存在なのです。神から良しと、祝福されて、神の似姿とされたのが私たちなのです。永遠の命のを得る可能性があったのに、神から背いたために、楽園から追放されて、永遠の命を失った。死ぬことになった。

この物語はもともと、神への信頼の「裏切りと背き」によって、地上の「死と生殖(性)、苦役」が始まったと言う意味なのです。 人は何故、死ななければならないのか?その答えが、この物語ではないでしょうか。本来は死の原因譚なのです。

そして生きてゆくための重荷--男性は労働、女性は出産と男性への隷属--を負わされ、神から祝福された自然も「お前のゆえに、土は呪われるものとなり」3・17b 、人間に敵対するようになってしまった、ということです。

人間は神と同じ善悪を知る、知恵を手に入れた代わりに、死ぬこととなり、全て良しとされる楽園から追放されて、「死」と「労働」、性の結果である「出産」の「苦しみ」の世界に入った、ということです。

そして、もう天国や楽園を夢見ることなく、此の地上の過酷な現実を宿命として受け取り、しっかり見つめよ、という現実主義です。善悪の判断のつかない、天真爛漫な幼児時代に戻ることは不可能なのだから、幼児回帰願望を捨てて人生を現実的に生きて行け、というのに似ています。如何にも砂漠の民らしい厳しい処世観を言い渡されています。

このように、知恵の贈り物は、人間の永遠の命と楽園喪失という莫大な犠牲を払って手にいれた、という認識なのでしょう。東洋では「知恵は悲しみの始まり」といいます。

人間の文明と文化は、人間性の犠牲の上に成り立って進歩しているようですが、その回復を計り、神が創造された本来の神の国への復帰が、イエスの福音ではないでしょうか。人類が失った、永遠の命へ至る道を教えています。

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失楽園物語は原罪物語か?

失楽園物語は原罪物語か?

3:16 神は女に向かって言われた。「お前のはらみの苦しみを大きなものにする。お前は、苦しんで子を産む。お前は男を求め/彼はお前を支配する。」

3:17 神はアダムに向かって言われた。「お前は女の声に従い/取って食べるなと命じた木から食べた。お前のゆえに、土は呪われるものとなった。お前は、生涯食べ物を得ようと苦しむ。
3:18 お前に対して/土は茨とあざみを生えいでさせる/野の草を食べようとするお前に。
3:19 お前は顔に汗を流してパンを得る/土に返るときまで。お前がそこから取られた土に。塵にすぎないお前は塵に返る。」
3:22 主なる神は言われた。「人は我々の一人のように、善悪を知る者となった。今は、手を伸ばして命の木からも取って食べ、永遠に生きる者となるおそれがある。」

禁断の木「善悪の知識の木」の実を食べたアダムとイブは、此のように神から言われて、エデンの園から追放されて、永遠の「命の木」から永久に隔離されて、死ぬべき運命となります。 知恵の実を食べたために、神の国にある永遠の命の実を失ったのです。

3:23 主なる神は、彼をエデンの園から追い出し、彼に、自分がそこから取られた土を耕させることにされた。
3:24 こうしてアダムを追放し、命の木に至る道を守るために、エデンの園の東にケルビムと、きらめく剣の炎を置かれた。


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