Archive_Soliloquy

自己整形

2000/3/5
隣の部屋から「何やってんのよ~(驚)」
と言う声を聞いた
部屋のほうへと入ったら
何と娘のまぶたから白い糸がぷ~らぷら
よく訳を聞いてみると
二重まぶたにするために裁縫していると言う
不潔な針でそんなことをすると破傷風になってしまうと諭(さと)した
我が娘ながらびっくりした
高校を卒業したら結婚をする、整形手術をする
私の倫理のみが正しい
相手が不快でも本人が平気ならかまわない
よってごみはかたずけない
電車のつり革、公衆電話にはできるだけ触らない
風呂は3日入らなくても髪の毛がさらさらなら入らない
制服のまま寝てもかまわない
毎日同じ洋服
ご飯の直前に毎回デザート(アイス、プリン等)を食べる
ご飯の時間は自分が決める、冷めてしまってもかまわない
自己中心
我が家ではスーパージャイコ(アニメ「ドラえもん」の登場人物ジャイアンのスーパー女版)と呼んでいる
自己主張には義務が伴うと思うのだが自己主張だけ・・・・
自分が大事だと思うものはとても大事にする
他人から見るととてもいい人に見えがち
共有する人たちと同感することのみが正しいように思い込む
ここまでくるとファミリー内(おうむ、定説)だ
2005/02/08 06:59
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リハビリJiroh

2000/6/23
リハビリJiroh
 未だ日差しの弱いさわやかな朝だった。
私は駅に向かう途中の避難橋わきで救急車とレスキュー車を見かけた。
 そこを通りすぎてまもなく何が起こったのかを理解した。
すかさず私は妻に電話を入れた。
「もしもし、土左衛門か吊ったぞ」
 一般の家庭では
「もしもし、ドラえモンが釣ったぞ」
 と聞こえるのかも知れないフレーズだ。
我が町では日常茶飯事とは行かないまでもよくあることだ。
 このことは仕事が忙しく会社で友人に話すことなく私は家路についた。
「あっっそう。見たわよ。首吊っていた。」
 電話の後避難橋まで見に行ったかと思った。
しかし
なな~んとそうではなく私の家のベランダから見えたのだそうだ。
びっくりした妻は息子をたたき起こしばっちり目を覚まさせ
自分はと言うと
オペラグラスを取りに居間へと向かった。
死体の足下になかなか警官が行くことが出来ず
何とかからだに手をふれる姿をみることができたらしい。
そのとき死体は大きなのっぽの古時計のようにぶ~らぶらとゆっくり揺れたそうだ。
死体の顔はよく分からなかったといていたが
あれは浮浪者じゃぁない。「きれいな死に方だったわ。」
と訳の分からないことを言っていた。
死亡推定時刻は夜中12時頃
少なくとも明け方4時。
何故そこまで婦人刑事のように分かるのかと思いきや・・・・・
ベランダで見学中のすぐとなりには私の両親の家のベランダ。
「母が家のお父さんが帰ってこないけど心配だわ。
朝早く避難橋に散歩に行ったきり3時間くらい帰ってこないの。
いくらリハビリで時間がかかるにしても何かあったのか心配だわ。」
その声を聞いた妻は、
「お父さんはもう下でしゃがんで休んでるわ。ほら見て!」
その声を聞きつけた父は妻、母を見上げて
「お~い。土手で首くくってるぞ~」
そう・・・・
私の父が第一発見者だったのだ。
「これだから朝早い散歩はやめられねぇんだよな~」
だからといって明日から土手の散歩する人が多くなることはない。
結構多いのだ。
その日の3時のおやつの頃・・・・・
「よいよい直らなきゃぁ。俺も死にてえよ。くくって」
そんなじじいに向かって妻は
「お父さん、死ねる分けないわ。
今ではひもを結ぶことは出来ないし
高いところへよじ登ることさえ出来ないわ。
ふふっ」
右半身麻痺の父の血圧が40上がったのは言うまでもない。 続きを読む

イラク人 アデル・アルアニ

2004/6/28
イラク人 アデル・アルアニ
あれは16年くらい前のことだったと思う
JAICAを通して彼は私の職場に研修にやってきた物理学者だ
母国では病院で核医学検査に携わっていた
丁度そのころイラン・イラク戦争の停戦の年で
彼は日本でそれを知ってお互いに喜び合った思い出がある半年間だった
私も異国の人との交流をした経験がなく
英語のみでのコミュニケーションをしてアニちゃんと同じく必死であった
住んでいる場所がモスルと聞けば中近東の地図を求めて御茶ノ水あたりを徘徊し
ラマダンというイスラム教の戒めを肌で感じたりした
バクダッド近辺には紀元前からシュライン(神社の鳥居)があると聞き
日本には以前から親近感があったと言うことを聞いた
英会話など習ったことのない私の英語は稚拙でとても恥ずかしかったことを思い出します
そんな私にアニちゃんはオメダは何故英会話を習わない?
私は今まで必要になったことはなかったと言い訳をした
世界の言葉を学ばなければならない・そればイスラムの教えだ・と私を諭すアニちゃん
私の疑問に察した彼はこう話した
オメダさんを殺す会話をあなたの後ろで英語で話していたら
それを理解できないオメダさんはみすみす殺されてしまう
左の頬を殴られたら右の頬を差し出すキリスト教とは違い
目には目を・のイスラムの教えなのだろう
戦いから平和をつかむという私の精神構造とは全く違う人たちなのだ
仕事は暇なときは農業をして
家にはライフルを持っていると言う
戦うべきときは戦うのか?と聞くと
勿論!と答えたことはもう驚きではなかった
そんな彼の研修に来たときの歳に私もなってしまった
彼はもう定年を向かえ農業専門の生活を送っているのだろうか?
アニちゃんの影響を受け私も旧約聖書を読んだり英会話を学んだりしたものだった
彼にとっての平和は勝ち取ることができたのだろうか?
彼の行方をちょっとだけ知ってみたいと思う16年前の短い半年間だった

高等裁判所 判例集

2003/11/30
高等裁判所 民事訴訟 第3法廷 
正義の共鳴ののしり事件
主文
甲は自分の正義を主張するあまり
態度では示さず言葉の逆撫で行為で人を動かそうとするあまり
声を荒げまたみだらな言葉遣いでばかにし
自らは正当な行動を示さぬ態度に乙は心に深い傷を負ってしまった
乙は自分の正義を主張するあまり
相手が悪いと思ったら誰彼かまわず全力で相手を正そうとするあまり
大声で「ふぁー」叫びまず相手を萎縮させ
自分では冷静をよそういながらざくざくと人の心裡に自責の念を湧かせるよう
相手に逃げ道を与えることなく機関銃言葉で追い詰めてしまい
錯乱状態から脱走するために相手はかたくなに心を閉ざしてしまい
素直な自分を出すことの出来ないゆがんだ精神を形成させてしまった
丙は自分の身を守るあまり
甲及び乙両方の意見を鑑み
あなたの意見は正しいのだから正々堂々と相手にぶつけたほうが良いと思うと
甲乙の間を行き来しつつも第三者的立場を装い
このまま意見操作をしていたら甲乙お互いの正義が共鳴しあい
とてつもないバトルが発生するかもしてないという認識がありながら
発生すればしてもよいという認容があったにもかからずその後昼寝をしていた
判決
甲は自らを民の絶対的シンボルと思い込み
遠くを監視しするだけで自分は動かない海を照らす灯台のように振舞うが
相手からの信頼を受けるような言葉遣いがたらないので
乙から人前で愛称で「とうだいくん」と呼ばれることを許すこと
ただし第三者から理由を聞かれた場合
東大出身者のように広い知識があるからだといってもかまわない
乙は危険ボールが迫っていることを知らせるために驚かすようにふぁーと叫び
ゴルフで打ち損ねて人に玉をぶつけそうになってしまった人に対しても
自責の念を植え込めさせるいやみに聞こえるようにして萎縮させてしまう
甲から人前で「キャディーさん」と呼ばれることを許すこと
ただし第三者から理由を聞かれた場合
キャディーさんのように相手を気遣い喜ばせ気持ちよくプレーしてもらえるような人だからと言ってもかまわない
丙はエレベータ内ですかしおならをすれば誰かが呼吸困難に陥り死亡してしまうかもしれないのに
まぁいっかと放屁し次の階で出て行って昼寝をしていて事の顛末を見ることが出来なかったが
何かが起こる認識がありながら発生すればしても良いという認容があった
これは密室の故意・・・基い未必の故意にあたるので
甲乙から「みっひー」もしくは「みっふぃー」と呼ばれることを許すこと
ただし第三者から理由を聞かれた場合
ウサギのキャラクターミッフィーのように皆に親しまれていると言ってもかまわない
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
本来こんなことを書いている私自身が行っている行為こそ『未必の故意』そのものかもしれない 続きを読む

1999/9/18(土)

1999/9/18(土)
 つい先日、我が息子が足を捻挫した。3日後には運動会があるというのに。
 大変痛がっている息子に妻は
「歩けば直る何事も」
 と言う強引なことを言っていた。何という奴だ。だが、吐いた唾は自分に返ってくるというか、罰当たりというか。
 次の日、娘の運動会で母親玉入れゲームの予定だった。とても張り切っていた。その妻に唾は戻ってきた。
 小雨の降るせいか玄関は濡れていた。
 千駄ヶ谷体育館に行く時間に遅刻しそうな妻はあわてていた。何をとち狂ったか、出がけの靴を間違えて玄関掃除用に使用している私のつるつるサンダルにはっと飛び乗り履いてしまった。
 0.2秒後間違えに気づいたときにもう遅く、足だけ脱兎のごとく滑り出し体はゆらりと傾いた。
 頭を打ってはいけないとタイルにと出したが、その手のひらも滑り肘を打ち、ついで骨盤で上体を受け止め、急激に止まった衝撃で首は鞭を打ったようにしなった。
 しばしの間は動けなかった。
 ただすごいのは、それでも運動会の玉入れには参加したそうだ。
 このことを息子に話したら、不適な笑いをしながら
「頭を打って死んでいたら僕が第一発見者だったね。」
 と、さめたことを言われたそうな。
 おかげで今夜は店屋物のカツ丼をごちそうになった。
 私は帰るコールをしたときに少々事件を聞いていて、お見舞いが欲しいと言っていたので、行きつけのケーキ屋に立ち寄り、おねえちゃんではなく、おばちゃんお任せケーキ5個コースをたのんで帰路へついた。
 私はその晩も、次の朝も
「大丈夫?痛くは内科医?(痛くはないかい?)」
と、相手に気づかれないよう駄洒落を言いつつ過ごしました。
 けっして同じ轍(わだち)を踏まないよう気を付けなければ。
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